天台宗 湖東三山 釈迦山 百済寺
「緑と謎のロマン」に包まれた近江の最古刹,近江西国霊場十六番,湖国十一面観音霊場十番,湖東二十七名刹霊場十一番,五木寛之著「百寺巡礼」三十五番
『近江西国観音霊場第十六番』
『神仏霊場第141番(滋賀第9番)』
『百寺巡礼第35番』(五木寛之)

百済寺 中晩秋 の移ろい
| (1)芙蓉 (桃色) |
9月初旬~10月下旬 |
| (2)紫式部の実(紫) |
10月上旬~11月下旬 |
| (3)ドウダンツツジ(朱) |
10月中旬~11月下旬 |
| (4)にしきぎ(朱) |
10月下旬~11月下旬 |
| (5)楓 (紅葉) |
11月上旬~12月上旬 |
| (6)玉ミズキ(真赤) |
12月上旬~1月下旬 |
| (7)ミツマタの葉(黄) |
11月上旬~12月中旬 |
平成23年 秋季特別イベント!!
寺 宝
如意輪観音半跏思惟像
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美の極致:一生に一度は拝みたい仏さま
【仏女 垂涎の的・・・・・ 居並ぶ国宝仏像群に迫る人気急上昇中の仏さま】
- 期 間: 11月3日(木)~12月4日(日)
- 場 所: 本 堂
撮影:山崎 兼慈 (協力:MIHO MUSEUM)
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聖徳太子孝養像
百済寺再建時の寄進者の一人『春日局』の遺品が家光将軍より落慶時に寄贈されたと伝わる極彩色の太子像の逸品で歴女・仏女の方々には必見頂きたいお姿です。
- 期 間: 10月8日(土)~12月4日(日)
- 場 所: 本 堂
| 極彩色 『聖徳太子孝養像』 特別参拝 |
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百済寺は天正元年(1573年)4月11日に織田信長の焼討で一千坊が消滅しました。
この年にNHK大河ドラマで大騒ぎの「お江」が生まれています。一方、お江の子「家光」将軍による百済寺再建許可後、ようやく慶安3年(1650年)に本堂、山門、仁王門等が復興されました。
寺伝によると落慶記念奉納品として、将軍から極彩色の『聖徳太子孝養像』が寄贈されました。
この太子像は家光の乳母春日局(斎藤 福、1643年没)が生前に大奥で大切に拝んでいた像であると言われております。残念ながら、翌1651年に家光将軍も48歳の若さで病没しました。
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以上のご縁から、聖徳太子創建の百済寺では、家光の「生みの親/お江」よりも「「育ての親/春日局(お福)」に重きを置いております。
春日局は、書道、歌道、香道、茶道等の教養に加えて、大奥の組織編制、朝廷との交渉など難問解決に辣腕を振るう『スーパーウーマン』だったのです。
このような歴史の流れを事前に知って頂き、春日の局の心中では「竹千代(家光)」が聖徳太子さまのように育って欲しいとの想いが潜んでいたものと推理しながら「太子像」とご対面下さい。
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宣教師ルイス・フロイスが「地上の天国」と絶賛した「百済寺」は、別名『百彩寺』と呼ばれます。
1400年の寺歴と多種多様の樹種と花の混在が他では得られない調和と共生の美しさ!!!を提供しております。

- 百済寺境内(81ha)は、宗教史、政治史の一端を担う重要遺跡として「国史跡」の指定を受けました。(2008.7.28付)
- 百済寺は、新設立の『神仏霊場会 第141番』(One for One:かけがえのないあなた)のお寺として新たな仲間入りさせて頂きました。
- 『天下遠望の名園』は、松30本の芽摘みとサツキ300本の毬藻刈を終えて「美の次元」を高めております。五木寛之さん、白洲信哉さんも賞賛された「美のクウォリティー」を是非ご鑑賞下さい。
- ご本尊脇仏の「聖観音」・「如意輪観音」さま
月刊誌「日本の美術」N0.494【至文堂'07.6.20発行】の特集「室町時代の彫刻」に両観音さまが掲載されます。この二像は、天正元年の信長による百済寺焼討の火難を逃れた貴重な院祐(院派)の銘作です。
百済寺御本尊「植木観音さま」(古代韓国百済の龍雲寺本尊と「同木二体の姉妹仏」)がNHK「心の仏像百選」第6番に選定されました。慈悲に満ちた「ほほえみ」から明日への活力を感得して頂ければ幸いです。
- 五木寛之さんの「百寺巡礼第35番」のお寺です。
- 本坊の「天下遠望庭園」の紅葉風景は、「日本の名庭百選」(ユーキャン社、2007年3月発行)に選ばれて紹介されています。
- 駐車場拡張工事が9月末に完了し、秋の交通渋滞が大幅緩和されました。
大型バス:22台 乗用車:220台(無料)
- 本堂までの石段参道脇に膝やさしい「なだら坂」(脇参道)が完成し、お年寄りの方々から大変喜ばれております。
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■天台宗 湖東三山 百済寺の略縁起
百済寺は、今から1400年前の推古14年(606)に、渡来人のために聖徳太子さまが創建された近江の最古刹です。
像高2.6mの十一面観音を本尊とし、御堂は百済の「龍雲寺」を模して創建され、開闢法要には、高句麗僧「恵慈」を咒願とし、百済僧「道欽」や暦を伝えた「観勒」も永く住したと伝えられております。
その後、鎌倉時代からは「天台別院」と称され、1,300人が居住する巨大寺院となりましたが、惜しくも天正元年4月11日に信長の焼討ちに遭いました。
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しかし、往時の姿は【石垣参道】
、棚田のような【坊跡遺構】や【千年菩提樹】をはじめ樹齢数百年の巨杉、山桜、椿群から偲ぶことができます。
近江の歴史舞台である湖東平野と比叡・比良を一望できる【天下遠望の名園】や広大な緑・自然と歴史の調和した【洗心のお寺】として脚光を浴び、なだら坂としての〔脇参道〕も完備しております。
『緑と謎のロマン』に包まれた近江の最古刹『釈迦山 百済寺』
・近江西国霊場十六番
・湖国十一面観音霊場十番
・湖東二十七名刹霊場十一番
・五木寛之著「百寺巡礼」三十五番
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■天台宗 湖東三山 百済寺 住職のメッセージ
合掌から始まる『佛心』発掘の旅
鈴鹿山系は天女の羽衣の如くその長い裾野を琵琶湖の東岸にまで延ばしております。
その中腹の緑の木立の中から湖東平野を掠めて比叡の山並みを遠望できるその位置に構えた釈迦山百済寺は、幾多の時代の荒波に揉まれながら一千四百年の法灯を今日に伝えて参りました。
その間多くの先人が夫々の願いを込めて、ご本尊十一面観世音菩薩に『合掌』され、心の安らぎと活力を得てゆかれました。
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一方、往時に比べて価値の軽重はともかく物量と情報の氾濫の中で、我々現代人の多くは六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)が高ぶってしまった結果、目覚めている時に静かに眼を閉じ『合掌』する習性を忘れつつあると言われています。
また、ある大脳生理学者によると頭蓋骨の中には左右併せて百億以上の細胞が秘められており、多くを使った人でも僅かその一割にも満たないと言われております。だとすると、我々は臨終に際し九割以上の未使用細胞を捨ててゆくことになり、これ程『もったいない』ことはありません。
半眼に目を閉じて『合掌』し『南無観世音菩薩』と一心に御名を称えつつ、心静かに自己を観つめる時、外に向かっての飽くなき物量の追求と情感の交錯で高ぶった左右の脳に調和と静寂が訪れ、自分は「生きている」のではなく大自然の大きな仕組みと営みの中で「共に生かされていた!」という共生の歓び、感謝、知足の念を生じるものです。
この時、誰もが内に秘めている『智恵と慈悲に基ずく明日への活力』が涌いてくるのだと思われます。これが観音さまの御利益であり、『佛心』という内なる珠玉の発掘と研鑽への旅の始まりなのです。
残りの九割以上の脳細胞を無駄に捨てないためにも、この世での最後の一呼吸、一拍の瞬間まで内なる珠玉に磨きをかけて半歩でも一歩でもよいから、み佛の深遠なる境地に近ずいておきたいものです。
夫々の人が内なる珠玉に一心に磨きをかけ独白の発光色を放ち合い互いに照らし合った世界が『観音浄土』と申せましょう。
本堂に至る参道で春夏秋冬に変化する大樹からの木漏れ日や松風、虫の音、草花なども人知を越えた大自然の営みとして我々の五感に程よく溶け込み、観音さまに一心に『合掌』することによって無上の安らぎと明日への活力を得ていただきたいと思います。
『この山はわけてぞ仰ぐ後の世を
たのむ佛の御名とおもへば』
【2006年9月14日更新】
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■更新履歴
12/29 「彦根城築城400年を祝して寺宝特別公開」のお知らせを追加
12/29 「石曵の図絵馬の特別公開」のお知らせを追加
12/29 「行く年 来る年」のお知らせを追加
09/14 「天台宗開宗千二百年慶讃大法会記念
史上初 湖東三山 秘仏本尊 同時ご開帳」のお知らせを追加
※終了しました。
09/14 天台宗 湖東三山 釈迦山 百済寺公式サイトオープン
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