天台宗 湖東三山 釈迦山 百済寺

「緑と謎のロマン」に包まれた近江の最古刹,近江西国霊場十六番,湖国十一面観音霊場十番,湖東二十七名刹霊場十一番,五木寛之著「百寺巡礼」三十五番

『近江西国観音霊場第十六番』
『神仏霊場第141番(滋賀第9番)』
『百寺巡礼第5番』(五木寛之)

トピックス速達便

境内の状況

百済寺の盛夏は

①河骨(コウボネ) : 庭園の池泉 6月末~8月中旬
②紫式部の花 : 広場 7月上旬~下旬
③蝉時雨 : 境内全域 7月上旬・9月上旬
④芙蓉(フヨウ) : 駐車場 8月末~9月末

の順で移ろいます。

百済寺の標高は、300m以上で、気温は平地よりも3~5℃低く、夏は遠望のきく凌ぎ易い高所です。

国史跡

百済寺の紅葉風景は、「日本紅葉百選」と「近畿五大紅葉名所」に選ばれました。

境内地には、落葉樹:約5,000本(カエデは1,300本)、常緑樹:約25,000本が自生します。

百済寺は、「日本の紅葉100選」近畿の五大紅葉名所」の一つです。

名  称 所在県(北より) 備  考
国史跡 百済寺 滋賀 近江最古刹 石垣参道 天下遠望 ルイス・フロイス
大  原 三千院 京都 天台宗五力室門跡の1 瑠璃光庭園
高  雄 神護寺 京都 三尾の1 錦雲峡(かわら投げ)
談山神社 奈良 藤原鎌足「大化改新」 十三重塔 三千本カエデ
長岳寺 奈良 「山の辺の道」(日本最古歴史道) 関西花の寺25(19番)

本尊脇侍の聖観音・如意輪観音の二像公開

内  容

信長の焼討(天正元年4月11日)時、本尊(植木観音)と共に火難を逃れた数少ない仏像で、『院派の銘作』その比類なき美しさが特徴です。

場  所 百済寺 本堂 【外陣参拝】
期  間 平成22年6月12日(土)~12月5日(日)

紺紙金泥妙法蓮華経(5巻~8巻) 拡大パネル展示

(協力:MOHO MUSEUM)

場  所 百済寺 本堂外陣
期  間 常設展示
実物展示 九州国立博物館 (太宰府市  TEL:092-918-2807)
平成22年6月11日~9月6日

境内の様子

宣教師ルイス・フロイスが「地上の天国」と絶賛した「百済寺」は、別名『百彩寺』と呼ばれます。

1400年の寺歴と多種多様の樹種と花の混在が他では得られない調和と共生の美しさ!!!を提供しております。

百済寺の中秋・晩秋は

1芙容 9月上旬~10月上旬
2紫式部の実 9月下旬~12月中旬
3ドウダンツツジ 10月中旬~11月中旬
4楓(紅葉) 11月上旬~11月下旬
5楓(絨毯) 11月下旬~12月上旬

の開花順で訪れます。

西方百済に向かう夕陽
書院前の紫式部の実
9月下旬~12月中旬
書院とドウダンツツジ
10月中旬~11月中旬

拝石から見上げる紅葉
11月中旬
寂寥感漂う鐘楼の紅葉
石垣参道の紅葉

百済寺伝言板

  • 百済寺境内(81ha)は、宗教史、政治史の一端を担う重要遺跡として「国史跡」の指定を受けました。(2008.7.28付)
  • 百済寺は、新設立の『神仏霊場会 第141番』(One for One:かけがえのないあなた)のお寺として新たな仲間入りさせて頂きました。
  • 『天下遠望の名園』は、松30本の芽摘みとサツキ300本の毬藻刈を終えて「美の次元」を高めております。五木寛之さん、白洲信哉さんも賞賛された「美のクウォリティー」を是非ご鑑賞下さい。
  • ご本尊脇仏の「聖観音」・「如意輪観音」さま
    月刊誌「日本の美術」N0.494【至文堂'07.6.20発行】の特集「室町時代の彫刻」に両観音さまが掲載されます。この二像は、天正元年の信長による百済寺焼討の火難を逃れた貴重な院祐(院派)の銘作です。
    百済寺御本尊「植木観音さま」(古代韓国百済の龍雲寺本尊と「同木二体の姉妹仏」)がNHK「心の仏像百選」第6番に選定されました。慈悲に満ちた「ほほえみ」から明日への活力を感得して頂ければ幸いです。
  • 五木寛之さんの「百寺巡礼第35番」のお寺です。
  • 本坊の「天下遠望庭園」の紅葉風景は、「日本の名庭百選」(ユーキャン社、2007年3月発行)に選ばれて紹介されています。
  • 駐車場拡張工事が9月末に完了し、秋の交通渋滞が大幅緩和されました。
    大型バス:22台 乗用車:220台(無料)
  • 本堂までの石段参道脇に膝やさしい「なだら坂」(脇参道)が完成し、お年寄りの方々から大変喜ばれております。

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■天台宗 湖東三山 百済寺の略縁起

聖徳太子 (しょうとくたいし) 百済寺は、今から1400年前の推古14年(606)に、渡来人のために聖徳太子さまが創建された近江の最古刹です。
像高2.6mの十一面観音を本尊とし、御堂は百済の「龍雲寺」を模して創建され、開闢法要には、高句麗僧「恵慈」を咒願とし、百済僧「道欽」や暦を伝えた「観勒」も永く住したと伝えられております。
その後、鎌倉時代からは「天台別院」と称され、1,300人が居住する巨大寺院となりましたが、惜しくも天正元年4月11日に信長の焼討ちに遭いました。

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■天台宗 湖東三山 百済寺 住職のメッセージ

合掌から始まる『佛心』発掘の旅

鈴鹿山系は天女の羽衣の如くその長い裾野を琵琶湖の東岸にまで延ばしております。
その中腹の緑の木立の中から湖東平野を掠めて比叡の山並みを遠望できるその位置に構えた釈迦山百済寺は、幾多の時代の荒波に揉まれながら一千四百年の法灯を今日に伝えて参りました。
その間多くの先人が夫々の願いを込めて、ご本尊十一面観世音菩薩に『合掌』され、心の安らぎと活力を得てゆかれました。

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■更新履歴

12/29  「彦根城築城400年を祝して寺宝特別公開」のお知らせを追加

12/29  「石曵の図絵馬の特別公開」のお知らせを追加

12/29  「行く年 来る年」のお知らせを追加

09/14  「天台宗開宗千二百年慶讃大法会記念
      史上初 湖東三山 秘仏本尊 同時ご開帳」のお知らせを追加
       ※終了しました。

09/14  天台宗 湖東三山 釈迦山 百済寺公式サイトオープン

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